2024年・第22回『このミステリーがすごい!』大賞の大賞受賞作ということで知った本書。
最近ミステリーを読んでいなかったのですが、友情と浪漫に満ちた空前絶後の本格ミステリー、
それなのに、舞台が古代エジプトであるためにミステリー用語が出てこない。
── らしい。
ということで、久しぶりのミステリーを楽しむにはちょうどよい、と手に取りました。
( 結末を暗示する内容が含まれています。これから読まれる方はご注意ください。)
自分とは、真実とは
本編を読む前に、さんざん選評やら概説やらを読んでいたので、
死者がよみがえるとかミイラが動き回るとか、
そこら辺の設定をある程度受け入れた上で読み始めたのですが、
無理に受け入れる必要もありませんでした。
その世界観にいつの間にか入り込み、のめり込んでいたことに、
しばらく経ってから気がつきました。
現世によみがえったミイラのセティがかつての仲間に会いに行く。
すると、何の違和感もなく受け入れられるどころか再開できたことを喜ばれる。
本来ならあり得ない(と思ってしまう)設定ですが、
なぜなのか、
登場人物たちが至極当たり前に受け入れている現実を、
読んでいる私も当たり前に受け入れて、
そのままセティの動向から目が離せなくなってしまいました。
「死者セティに問う。真実とは、なんだ?」
p310
「真実‥‥‥」
セティは言葉に詰まる。
あまりに単純であり、だからこそ窮するその問いに、悩み抜いた末、答える。
「真実とは‥‥‥だれにとっても嘘ではない、事実のこと」
セティは、自らの想いを紡ぐ。
「命を落とし、現世に戻るまでは、そう‥‥‥思っていました」
マアトは無表情で、しかし神たる慈愛をもって、セティの言葉の続きを待っている。
「でも、わかったんです。真実とは、(後略)
半年前の王墓の崩落事故で命を落としたセティは、心臓(イブ)が欠けているために冥界の審判を受けられず、現世に舞い戻って来ます。
再度審判を受けられるタイムリミットは3日。
3日以内に心臓の欠片を探し出し、再び冥界へ戻らなければ、永遠に生と死の間を彷徨うことになってしまいます。
失われた心臓の「欠片」。
最初は、物理的な欠片を探しているだけのように見えたストーリーが、
次第に、
自分とは何者か、自分とは何か、真実とは何か …
を追い求める深淵な物語へと変化していきます。
信頼する神官長の不可解な言動に揺れる心。
仲の良かった元同僚を信じきれなかった後悔。
生前うまく話せなかった父との邂逅。
そして、
ずっと隠し続けて来た真実と真正面から向き合う覚悟。
セティの3日間は、
他者の思惑で仕組まれた復活劇を遥かに越え、
魂(バー)が示す真実を見つけるための道程となりました。
タイムリミットや不可能犯罪、終盤の怒涛の謎解きや最後の最後に明かされるセティの秘密などは、ミステリー小説として必要な要素なのだと思います。
でもそれ以上に、
セティが己の真実と向き合う瞬間、そして友を心から信じる清々しさが、
読後も印象深くよみがえります。
さらにもう一つ。
奴隷の少女が発する言葉。
「あなたたちエジプト人は••••••王が絡むとそうやって、考えるのをやめちゃうんですよね」
考えるのをやめる。
セティも何度も考えるのをやめそうになり、でもその度に再び考えて、ようやく真実がわかりました。
こんなところ、私はなんだかこの作品に、哲学的要素も感じてしまったのでした。
──と書きはしたものの、そんな小難しいことを抜きにしても、大いに楽しめる作品です。
ミステリーとしても、異世界ファンタジーとしても、古代エジプト歴史小説としても、
読みたい人が読みたいように楽しめる作品。
私はミステリーを楽しむつもりで本書を手に取りましたが、同時に哲学的要素も楽しめて、
久しぶりのミステリー小説を十二分に堪能し、読み終えました。