《映画レビュー》『PERFECT DAYS(2023)』 何も変わらないなんてことはない

映画

役所広司さんが布団にうつ伏せになって、
小さな読書灯で本を読んでいる映画のフライヤーを見た瞬間、
脳裏にその映像が焼き付いてしまいました。

これは映画館で見たい、と、劇場に足を運んだ作品です。

作品情報
製作年:2023年
製作国:日本
劇場公開日:2023年12月22日
上映時間:124分
監督:ヴィム・ヴェンダース
脚本:ヴィム・ヴェンダース、高崎卓馬

あらすじ
トイレの清掃員として働く男性、平山さんが、
暗がりの中、安アパートの2階で目を覚ますところから物語が始まります。
布団を畳み、身支度をし、植木に水をやり、清掃員のユニフォームに身を包む。
決められた動線を無駄一つない動きで進み、玄関の扉を開けます。
空をみて、かすかに微笑む。
こうして、平山さんの1日が始まります。
毎日同じ缶珈琲。
同じ信号、同じ高速、同じビル、そして、

同じトイレ。
仕事が終われば、同じ銭湯、同じ居酒屋、昨日の続きの読みかけの本。
そんな余計なものを削ぎ落としたような平山さんの日々に、小さなゆらぎが生じます。

主 演
平山正木(役所広司)
主人公はトイレ清掃員の平山さん。
毎日を決められた繰り返しの中で淡々と暮らしていますが、

突然現れた姪や、今どきのチャランポランな同僚が平山さんの日常をゆらします。
毎晩読んでいる本の選択や高級車で乗り付ける妹の存在が、平山さんの過去を透かし見せますが、

はっきりとしたことは分かりません。
演じるのは役所広司さん。
この映画で、第76回カンヌ国際映画祭において、19年ぶりの日本人の受賞となる最優秀男優賞を受賞されました。

こんどはこんど、今は今

平山さんの繰り返される日常。

映画の前半で、私たちはこの平山さんの淡々とした繰り返しを、一緒に体験することになります。
ざわめきに満ちた世間とは対照的に、平山さんの周りだけ静かな時間が流れています。

いつもの道路

いつもの交差点

いつもの川

いつもの公園

いつものトイレ

特別なことの起こらない時間

いつもの毎日…

でも、平山さんはふとした瞬間に、今の一瞬を愛でるような眼差しをします。
その眼差しが、「いつもの」は「いつもの」ではないことを教えてくれます。

映画の後半では、平山さんの淡々とした日々に、ゆらぎが生じます。
普段感情をほとんど表さない平山さんが、感情を露わにする。
その対比が、平山さんをぐっと身近な存在に感じさせてくれます。

悟りきった人物ではなく、
平山さんもこの日々を生きる一人の人間なのだと。


  何も変わらないなんて、そんなばかなことはありませんよ

平山さんの日常にゆらぎをもたらす一つとして、
平山さんが休日にだけ顔をだす居酒屋のママの元夫が登場します。
その彼との短い友情の中で平山さんが発する言葉、
「何も変わらないなんて、そんなばかなことはありませんよ」。

平山さんの日々は、大きな木のようです。
葉が生い茂る時があっても、
あるいは全て落葉する時があっても、
木は木として静かにそこにあります。

また、
平山さんの日々は大海のようでもあります。
波が高くうねる時があっても、
おだやかに凪いでいる時があっても、
海は海としてゆったりとそこにあります。

平山さんの日々は、
たとえ一時ゆらいだとしても、
ふたたび静かに、淡々と、
続いていきます。

それは変わらない日々のように見えて、
でも、
一瞬一瞬はその一瞬だけに存在している。
平山さんはそのことを分かっていて、思わず発した言葉のように感じました。

見終わって数日、「PERFECT DAYS」の世界が、じわじわと私の中に浸透してきます。

平山さんの見ていた木漏れ日

雑多なものの削ぎ落とされた日常

ゆったりと流れる時間

ときおり生じるゆらぎ

何を得ずとも満たされた世界

そして、時折湧き上がる名状しがたい感情…

フラッシュバックのようによみがえる断片的な映像が、
ひっそりと私をとらえ、
静かにしずかにゆらしています。

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