ヨーガをめぐるこぼれ話 ─ 風にふれて ─

ヨガ余聞

今日はムーンデイ、新月です。

ヒトも自然の一部。
月の満ち欠け、潮の満ち引き、
日が昇り日が沈み、季節が確実に巡りゆく …
その大いなる循環の中で生かされています。

そんな循環の中で、わが愛犬、風子(ふうこ/17歳の柴犬)が旅立ち、四十九日が過ぎました。

……──…──…──…──…── 🌒 ──…──…──…──…──……

風子が旅立った直後は、あの日の朝の風景だけが、まぶたに焼きついていました。
いつも寝ているマットから少しずり落ち、こちらに背を向けて横たわる風子の後ろ姿 ──

けれど日が経つにつれ、
風子が急激に衰えていった最後のひと月あまりの日々が脳裏に浮かび、
胸が締めつけられるようになりました。

起こしてあげなければ、自力で起きられなくなった風子。
おぼつかない足取りで、必死に歩こうとする風子。
いつの間にか、ごはんの時間になっても寝たまま起きてこなくなった風子。
いつものごはんに、いやいやするようになった風子。
おとろえゆく体で、必死に私の要求に応えてくれた風子 ……

そう。
私は最後の最後まで、
風子に自分の要求を押し付けてしまった。

私は幼少期に拒食症を経験し、
歩けなくなったし、
食べられなくなりました。
医者から「このままでは死ぬ」と言われた言葉は、
今でも忘れられません。

だから、

風子が歩けなくなるのが怖かった。
風子が食べなくなるのが怖かった。

歩けなくなったら、
風子がダメになってしまいそうで。
食べなくなったら、
風子がすぐにどこかへいってしまいそうで。

だから風子を歩かせた。
だから風子に食べさせた。

怖かったんだよ。

風子があの頃の自分と同じようになりそうで、
怖かった。

だけどそれが、
風子を苦しめていたかもしれない。
そう考えたら、
胸が潰れそうになる。

ごめんね、
風子。

風子、ごめん ……

自分の中に、
これほどの感情があったのかと驚くほど、
不意に涙が溢れます。

胸の奥のあたりがざわざわしだし、
そのざわざわが鼻の奥に上ってきてつーんとなると、
涙があふれる。
そんな瞬間が、
まだ毎日のようにある。

そんな日々のある日、日本犬保存会へ返却した血統書が、手続きを終えて戻ってきました。
そこに書かれた一文に、また涙がこぼれました。

「長い間、大切にしてくださり、
   誠にありがとうございました。」

長い間 ──

そう。
17年だ。
ほんとうに長い。

だけどその文字を見た時、
あぁ、と気づいたのです。
私と風子との時間は、
あの最後のひと月あまりだけではなかったことに。

家族になった日。
初めて一緒に過ごした夜。
初めてのごはん。
初めての首輪。
初めての散歩。
初めての予防注射。
初めてのシャンプー。
初めてのドライブ。
初めての旅行。
初めての ……

風子と経験した初めてと、積み重ねた時間。

風子、いろいろあったよね。
どんな時も、一緒に過ごしてきたよね。
風子。
ありがとう。
数え切れないほどの
楽しさと、
嬉しさと、
喜び、
驚き、
感動、
幸せ ……

そのすべてに、

ありがとう。

私は、自分の過去の経験に囚われて、
風子に最後の最後まで、無理をさせてしまったかもしれません。

それでも風子は一緒に歩こうとし、
食べようとし ──

あぁ風子。
風子の愛を感じるよ。

この17年は、風子の愛とともにありました。
今の私は、風子の愛で満たされています。
風子と出逢う前の自分を、
いつまでも握りしめていなくてもいいのです。

そして。
風子と重ねた時間は、最後のあの日々だけではなかった。

苦しくてさびしくて、つらすぎる。

だけど、
風子との時間をそれだけにしてしまっては、
それこそ風子に申し訳ないのです。

風子。

まだ涙は出るよ。

だけどこれは、
風子を愛した証。

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