《書評》『転がる珠玉のように』ブレイディみかこ

読書

著者の代表作である『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』を遅ればせながら読んでみたら、いやこれが面白い!

リズミカルな文章にぐいぐいと引き込まれ、 その続編や周辺作品を続けざまに読んで、元気やら力強さやらをいただいてきました。
そんなある日、著者3年ぶりの新刊が出るとの広告を目にして喜びの悲鳴。

「泥臭い毎日を”宝石”に変える」エッセイ集。
ワクワクしながら表紙を開きました。

転がる珠玉のように [ ブレイディみかこ ]

人が生きている

今回のエッセイ集は、婦人公論と婦人公論.jpに2021年から2024年にかけて連載されたエッセイを加筆・修正して収録されていますが、過去の作品に負けず劣らずの鋭い切り口と、ずばずばとした物言いが小気味良く、ページをめくる手が止まりませんでした。

「よく言った(書いた)!」と思わず膝を打ちたくなる箇所がいくつもある上に、暗い話題も相変わらずの力強さで一刀両断し、読んでいるとなんだか元気になってきます。

ご本人は「メンタルが落ちてまずい」と書かれているし、お連合い(なぜ「れ」ぬき表記に拘るのかは本文中に書いてあります。)の闘病、ご自身のコロナ感染、実母との別れなど、本来は楽しくなりようのないトピックでさえも悲壮感はまったくなく、それどころかところどころで笑わせてくれるのだから、恐れ入ります。

(前略)人は人に迷惑をかけずには生きていけない存在なのだ。そういえば、昨今、日本では「コスパ(費用対効果)」とか「タイパ(時間対効果)」とかいう言葉も流行っているようだが、これも似たようなもので、コスパとタイパを追求するなら、生まれてこないのが一番いい。生まれてこなければ一銭もお金を使わないし、時間も使わない。
 迷惑にしても、費用にしても、時間にしても、人が生きている以上は「かかる」ものであり、「かける」ものなのだ。それをかけないようにするというのは、生の倹約であり、もっと平たく表現すればケチである。

p186

ブレイディさんといえば哲学。
いえ、私が勝手にそう思っているだけなのですが、今回のエッセイからもいろいろな哲学的要素をいただきました。

例えば、
「そんなものだ」が怖いのは ……(「そんなものだ」ホラー p110)
物を考えるということは……(取り散らかった日常 p156)
こうしたことが一般化していけば……(心配すべきでしょうか p200)
そして、
人が生きている以上は……(迷惑とコスパとタイパ p184)

ブレイディさんのエッセイを読んでいると、
人が生きている上で起こりうる当たり前のことを、
それは当たり前のことだったのだと再認識させてくれる瞬間が、
度々あります。
そして「そうだよなぁ」と納得し、ふっと気持ちが楽になるのです。

不都合な事実もあるし、面倒で厄介なこともあります。
でも、それらも含めて人が生きるということ。
そんなことを、思い出させてくれるのです。

本書は「珠玉の世界」と題するエッセイから始まります。
クリスマスに息子さんからプレゼントされたTシャツの胸に書かれた文字。
Life is rocky when you’re a gem. 

gemみたいな人間ってどういう意味だ?

というところから始まるのですが、gemとは珠玉。
カットされていない原石も含まれる宝石。
小さくて素晴らしいもの。

ブレイディさんが捉える日常には、そんな珠玉があちこちに潜んでいます。

「世の中は珠玉だらけってわけ。世界は珠玉でできている。」

その世界を存分に、
そして最後はちょっとほろりとしながら、
今回も堪能させていただきました。

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