《書評》『ヘヴン』川上 未映子

読書

映画「PERFECT DAYS」のパンフレットに載っていた、
柳井康治氏との特別対談。
その対談での彼女の発言にいちいち頷いている自分がいて、
どんな文章を書く方なのか興味が湧きました。

著者初の長編小説であるという『ヘヴン』。
単行本の硬く分厚い表紙を、開きました。
 ( 結末を暗示する内容が含まれています。これから読まれる方はご注意ください。)

ヘヴン [ 川上 未映子 ]

それはただの美しさだった

「なぜなんだ」という思いが徐々に胸を重くする。
僕とコジマが交わす会話が、すこしだけそれを軽くしてくれる。
でもまた、「なんでだよ」という思いが胸の奥に積もり、
コジマとの関わりが切れかけたあとの展開は、
ひたすらに苦しかった。

自分の中にとぐろを巻く黒々としたもの。
それが、徐々に鎌首をもたげていく。
それを抑えるのに息を詰めた。
息を詰めながら、
文字から目を離せなかった。
「もういってしまえ」
と囁く自分がいる。
「それでいいのか」
と止める自分がいる。

主人公の僕ではない、
私自身の価値観を問われる。

「地獄があるとしたらここだし、天国があるとしたらそれもここだよ。ここがすべてだ。そんなことにはなんの意味もない。そして僕はそれが楽しくて仕方がない」。

p177

ここ以外に僕たちに選べる世界なんてどこにもなかったという事実にたいする涙だった。ここにあるなにもかもに、ここにあるこのすべてにたいする涙だった。

p237

後半のやりとりに、 途中で本を置くことができませんでした。

僕の中で交錯する彼と彼女の声。
どこまでが彼の言葉で、
どこまでが彼女の言葉で、
どれが僕の思考なのか。

そこに私も巻き込まれ、
一緒にどんどん流れていく。
流されていく

そんな、緊張がありました。

自分の価値観を問われる体験を、
この本でするつもりなどなかったのです。

でも、否応なしにそこに引き摺り込まれ、
普段は息を潜めている私の中の何ものかが、
ひっそりと目を覚ましている気配を感じました。

私たちは、今ある場所で、置かれた環境で、
この生を体験しています。
思春期のころは、
その場所が、環境が、
狭く固定され、
まるで身動きの取れない虚(うろ)に落ち込んだような、
そんな感覚になることもあります。

その虚からでた僕の見たもの

金色の輝き、
光の粒子、
美しさ、
ただの美しさ…

虚からでて、そうしてどう生きるのか。
生きていくのか。

そんな問いを私の胸にも残し、
簡単には終わらせてくれない物語でした。

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