DUCKS(ダックス)仕事って何? お金? やりがい?』は、カナダの女性マンガ家であるケイト・ビートンが、学生ローン返済のために働いたオイルサンド採掘現場での日々をつづった、自伝的グラフィックノベルです。

ケイト・ビートンは、北米のマンガ業界から、21世紀で最も成功した女性マンガ家のひとりといわれている人物です。
しかし、2005年当時、大学を卒業したてのケイティは、学生ローンの返済に追われ、身動きが取れない状態の中で、オイルサンドに活路を求めます。
2007年、オイルサンドで働きながらインターネット上に発表した作品が注目を集め、その後も独特のユーモアと皮肉をもって描かれる作品が、幅広い読者層を惹きつけました。
そして2022年、満を持して出したのが本書『DUCKS』です。
それまでに見せたユーモアは影をひそめ、オイルサンドでの経験を長編でシリアスに描いています。
著者があとがきで書いています。
「『オイルサンド』は人それぞれで違います。ここに描いたのは私のオイルサンドです。」
「私の経験はかなりの部分、その時代とその場所の色に染まっています。」
ですが、出稼ぎ労働者としてオイルサンドで働くケイティの物語は、先進国ならどこの国も抱える多種多様な問題を、まざまざと浮き彫りにしています。
環境汚染もその一つ。
『DUCKS』というタイトルは、汚染された貯水池で油まみれになって死んだ大量のカモたちにちなむとともに、そんな環境汚染に無知ゆえに加担してしまった自分への自戒も込めてつけられたようです。
お金のためにオイルサンドに赴いた著者が、
外界から隔絶され、
人間性や安全性をないがしろにした職場で働きながら、
目にした日常 ──
仕事とは?
働くとは?
そして、
生きるとは?
この社会の在り方を問うてくる一冊です。
基本情報
・タイトル :DUCKS(ダックス)仕事って何? お金? やりがい?
・著者/編者:ケイト・ビートン (著)、椎名 ゆかり (翻訳)
・発行日 :2024年11月5日
・ページ数 :448p
・出版社 :インターブックス
【 読書メモ 】
◾️ 「美術館とかで働くなら想像できるけど、あの“オイルサンド”とはね。」「私はただ学生ローンを払い終わりたいの。 でも、あそこで自分がどんな仕事に就くのか、何をするのかは全然わかんない。 わかってるのはみんながお金を求めて行く場所だってこと。」
◾️ 「ここでは、露天掘りの代わりに水蒸気圧入法(どちらもオイルサンドを生成する方法)を採用してるんだ。 そのほうが環境にいいんだとさ。」「それ、ホントに環境にいいのかな?」「まさか。いいわけないだろ。」
◾️「いいか、来た時からここが男社会だとわかっていたはずだ。必ずしも居心地はよくないと。 どんなところかわかってここに来た。」「はい。 でも今日はあそこに戻りたくありません。今は大丈夫ですけど……すみません。」「もっと厚かましくならないとな。」
◾️「ここに来てから自分が変わったと思う? ここにいる時と自分の家にいる時、みんなそれぞれ違うと思う?」「もちろん、違う。 ここはネズミの檻だ。」「ってことは、ずっと変わったまま?」「何が言いたいんだ?」「みんな、家にいたらやらないことを、ここならするよね。」「退屈でおかしくなってるからだ。」
◾️ 「休業災害無しのお祝いメールきた? 休業災害が認められる条件は何?」「そんなもん、ここにはない。 会社の印象が悪くなるから、そんなもんないんだ。」「休業災害無しなんてデタラメに決まってる。300万時間の労働でケガが無いなんてある?この場所で?」「ケガは休業災害とは違うよ。」
◾️「それは何?」「案山子だ。」「カモのために?」「鉱滓池。 俺は言われたことをやってるだけだ。」「でも、会社は本気なの?」「悪い印象を与えたくないだけだな。 また何千羽の鳥が池に落ちてもこう言うんだろう。『できることはすべてしました』 それからウソ泣きをする。」
◾️「全能のドルが最優先なのです。それはとても悲しいことです。お金を食べることはできない。 お金を得ることができる限り、私たち(先住民族)の命を犠牲にする。 彼らは私たちがどれほど死のうが気にしない。私はそう感じています。」
◾️「ここに来て安全会議に何度も参加した。でもドラッグやアルコールについてとか、この2つがそんなに蔓延してる理由を話す会議に出たことない。」「違法な行為に関する安全会議は開けないな。 誰だってその2つがなんでここで蔓延してるかわかってるだろ。」「ここではみんながクスリをやってる。でもそれを口に出して言う人はいない。いなくなってようやく… みんなが実はそうだったとわかる。 自分が辛い時、他の誰かに大丈夫って尋ねる人はいないんだね。」
◾️「落書き帳に何を描いてる?」「あっ 時間のある時にこういうの、作ってるの。自分のためにやってることなの。 たぶん。」「へぇ。ケイティがこのキャラクターたちを最終的にどうするのか見届けなくちゃな。」
人間は忘れる生き物。
どんな感動もどんな興奮も時が経てば記憶の底に沈みゆき、その片鱗さえも見失いがちです。
それは読書も同じこと。
読んだ直度の高揚が、数日後にはすっかり雲散霧消…… などということも。
ですが、読みながら機微に触れた内容を整理しておけば、大切なエッセンスだけは自分の中に残る── はず。
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