《書評》『野原』ローベルト・ゼーターラー

読書

著者の『ある一生』という一冊の本。
名もなきある男の一生が、静かな筆致で綴られた短い物語です。

でもその短い物語のなかに、壮大な世界が広がっていました。

読んでいると心が凪いでくる
     胸の奥が満たされる ──

そんな世界に惹き込まれ、著者の他の作品も読みたくなり、
そして手に取ったのが、同じシリーズ(新潮クレスト・ブックス)、同じ訳者のこの本です。
( 結末を暗示する内容が含まれています。これから読まれる方はご注意ください。)

野原 [ ローベルト・ゼーターラー ]

たったひとつのあの人生

語りはじめはひとりの老人。
毎日のようにさびれた墓地におとずれて、いびつな形に育った白樺の下、
木製のベンチに腰掛ける。

自分の席だと見なしたその場所で、今日も死者の声に耳を傾ける ──

パウルシュタットという小さな町にあるこの墓地は、
かつては石ころと黄色い毒花ばかりが咲きほこっていた休閑地で、
市民からはただ「野原」と呼ばれています。

そんな墓地に点在する墓石の下に、この町に生きた住人たちが眠っています。
かつて生きた町の片隅にある野原で、死者たちが語る人生。

愛について、
痛みについて、
歓びについて、
哀しみについて ……

そんな声が、
時に強く、時に弱く、時に激しく、時に穏やかに、
つながって、からみあって、
パウルシュタットという町で紡がれた無数の人生を、
鮮やかに浮かび上がらせていきます。

私は私にできることをした。私が活字にした記事のどれひとつとして、世界情勢に関するものはなかった。すべてがパウルシュタット内の出来事だった。だが、だからといってなんの違いもない。どの瞬間も、あらゆる時間を内包している。

p192

語られる人生は、楽しい声ばかりではありません。
怒り、嫉妬、失望、後悔、
言ってしまった言葉、言えなかった言葉、言っておけばよかった言葉 ……
むしろ、
失意のうちに沈みゆく、呪詛のような想いの方が多いかもしれません。

独り言、物語、回想、悪態、記憶、事件、ただの記録 ──

二十九名の死者たちが語る出来事は、
断片的で独善的で誤謬をはらみ、
真実かどうかもわからない生の残像。
他人にとっては瑣末な話。
どこにでも転がっているたわいのない戯言。

それでも、
本人にとってはそれが人生。
それ以外にはなかったたったひとつの人生で、
そんな人生の断片に間断なく耳を傾けていると、
ある町である時期ある瞬間に輝いた死者の真実に、
いつの間にか引き込まれているのです。

冒頭の語りはじめのひとりの老人も、
今は冷たい墓石の下、
おのれの人生を語り出します。

その声さえものみこんで、死者の語りは続いていく……

どこにでもいる人たちの複雑な人生。
無駄や矛盾に満ちた複雑な人生。
人間という単純な存在の複雑な人生。

そんな複雑で曖昧な人生の一瞬を切り取って語る声に耳を傾けていると、
いつしか死を超えたその先に、
果てなく広がる静かな世界を感じます。

「死は生の一部だ。それゆえ、死を語ることは生を語ることであり、生について考えるのなら、死に思いを巡らせざるを得ない ──」

著者のこの信念が込められた死者たちの語りは、
生きるということについてひそやかに問いかけてくるひとつひとつの声です。

裏表紙に大きく書かれた

悲しみは、生の躍動。

という文字が、
声を聞く前よりもずっと、胸に迫ってくる物語でした。

タイトルとURLをコピーしました