『歩く マジで人生が変わる習慣』は、1つの靴との出会によって歩くことの楽しさに目覚めた著者が、「歩く」という何気ない行為そのものの奥深い世界を探求した本です。

「文明やテクノロジーの進化は、果たして僕たちを幸せにしたのだろうか ──?」
この問いは、著者が「歩く」ことにのめり込んでいった過程でたどり着いたものですが、今、私たちの中にも、潜在的な疑問が湧き始めているのではないでしょうか。
テクノロジーの進化の恩恵を多分に受けながら、一方で急速に奪われつつある身体性。
私たちは、歩かなくなった。
歩かなくてよくなった。
でもそれが、
私たちの幸せに影を落としているとしたら ……
生きる力を削いているとしたら ……
歩くということが(あるいは歩かないということが)、私たちの心身にどのような影響を及ぼすのか。
歩くということが(あるいは歩かないということが)、私たちの幸せにどのように関係しているのか。
本書を読めば、歩くことの尊さ、奥深さがわかります。
基本情報
・タイトル :歩く マジで人生が変わる習慣
・著者/編者:池田 光史(著)
・発行日 :2025年2月4日
・ページ数 :320p
・出版社 :NewsPicksパブリッシング
【 読書メモ 】
◾️歩行は脳を変化させる。しかも、歩行は創造性だけでなく記憶力にも影響を与える。
── ジェレミー・デシルヴァ『直立二足歩行の人類史』
◾️歩くと健康上、いいことが目白押しなのではない。そうではなくて、人類は「歩かなくなったから、様々な不具合が起きている」ということだ。
◾️なによりショッキングな事実は、長時間の座位が続くと、どんなに運動を増やそうとも、そのリスク(心臓病や特定のがん、2型糖尿病などの深刻な健康問題など)を相殺するのは難しいということだ。繰り返すが、「どんなに運動を増やそうとも」である。
◾️何も考えずに歩けるということは、素晴らしい神経系のなせる見事な技だ。
残念なことに、事故や脳卒中を経験しなければ、これらのパターン化された動作や反射について考えることはまずない。
── ダニエル・E・リーバーマン『運動の神話』
◾️足は、人間工学における最高の傑作であり、芸術作品である。
── レオナルド・ダ・ヴィンチ
→全身の骨の数はおよそ206個。足の骨の数は左右合計で56個(4分の1を足だけで占めている)。骨の数が多い分、関節や筋肉の数もそれだけ多い。つまり、細かな部品が大量に使われているハードウェアということだ。そして、着地のときには衝撃を吸収して、地面を蹴り出すときには硬くなる、いわば複雑な「精密機器」なのだ。
◾️底が分厚く曲がらない靴は、足からは固有受容性感覚を奪い、脳と神経回路からは数百万年にわたってわたしたちを指揮してきた情報収集力と情報処理能力を奪ったのだ。
── ジョン・J・レイティ『GO WILD 野生の体を取り戻せ!』
◾️革靴とは、我慢して履かなければならないものではない。つま先が狭いこと、靴の形に人間が合わせなければならないということ自体が、本来は不自然なのだ。
それはまさしく「現代の纒足」であり、身体を蝕む。まさにタバコのように──。
◾️履き物とは、ただの社会的ステイタスのシンボル(つま先の尖った靴の始まりは、中世ヨーロッパで「特権階級」であることを示すために作られた「プレーヌ」と呼ばれる靴)でもなければ、本当はファッショントレンドだけに左右されたり、選択肢が狭められたりしてはならないものであるはずだ。
なぜなら、足の形を変えてしまい、筋力を弱め、歩行そのものが阻害されてゆくからだ。
◾️「歩くこと」は人間の日常そのものだ。その尊さを見直せば、どんなに多忙な人でも日々の生活に取り入れることができる。それはほとんど唯一、持続可能な身体活動と言える。
人間は忘れる生き物。
どんな感動もどんな興奮も時が経てば記憶の底に沈みゆき、その片鱗さえも見失いがちです。
それは読書も同じこと。
読んだ直度の高揚が、数日後にはすっかり雲散霧消…… などということも。
ですが、読みながら機微に触れた内容を整理しておけば、大切なエッセンスだけは自分の中に残る── はず。
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