『ものがたりが うまれるとき』は、
ゴールデン・カイト賞(児童書の作家・画家たち自身が、優れた児童文学作品を選んで贈る賞)を2度も受賞し、ストーリーテラーとして評価の高いデボラ・ホプキンソンが、「生みの苦しみ」への共感と、それを切り抜けるアイデアを描いた作品です。

基本情報
・タイトル :ものがたりが うまれるとき
・作者/訳者:デボラ・ホプキンソン (文)、ハドリー・フーパー (絵)、せな あいこ (訳)
・発行日 :2023年3月1日
・ページ数 :32p
・出版社 :評論社
準備するのは、
えんぴつ、
けしごむ、
えんぴつけずり。
やさしいおやつもちょっぴりね。
それから気持ち。
興味いっぱいの心と、
“あこがれ”なんかもいるかもしれない。
目に見えるもの、
見えないもの、
つかえるものは抜かりなし。
さぁ、準備は整った!
あとは書くだけ。
── のはずなのに、
「ことば」がちっとも出てこない ……
時間がどんどんすぎてゆく。
紙はいつまでもまっしろのまま。
書くより読むほうが楽しいよ。
そっちの方がずっとずーっと楽だし ──
でも、それは 「ほかの 人」が かいた ものがたり。
きみじしんの ものがたりじゃない。
ほかの人が書いたものがたりを
読むのはとても簡単。
それに、
なんてったっておもしろい。
わざわざ自分で書いたりしなくても
ものがたりは無限にある。
いつまででも読んでいられるし
新しいものがたりがどんどん生まれている。
だけど。
まっしろな紙が
モヤモヤする。
まっしろな紙が
よんでいる。
まっしろな紙が
まっている。
「きみの ものがたりは、
まだ できあがって いない。」
そのこえは、
自分の内側からのささやき。
そのささやきを、
無視できない ……

ゼロから何かを生み出そうとする時は、
いつも呆然としてしまいます。
生み出すものなどなんにもなくて
じぶんのなかは空っぽで
じぶんのそとにもなにもない
── そんな感じ。
それでもそこで、
フーッとひといき深呼吸。
こころの緊張をほどいて、
硬くなっていたカラダをひらいて、
今に身をゆだねてみます。
そうすると、
ものがたりの種がそこにあったことに
気づくのです。
種をみつけたら
もう大丈夫。
その種を
どんな花に育てようか ──
一歩。
また一歩。
ただ進むだけ。
すべては、 その一歩から。
人間は忘れる生き物。
どんな感動もどんな興奮も時が経てば記憶の底に沈みゆき、その片鱗さえも見失いがちです。
それは読書も同じこと。
読んだ直度の高揚が、数日後にはすっかり雲散霧消…… などということも。
ですが、読みながら機微に触れた内容を記録しておけば、大切なエッセンスだけは自分の中に残る── はず。
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