《書評》『つらいことから書いてみようか 名コラムニストが小学5年生に語った文章の心得』近藤 勝重

読書

いつも行く図書館でのこと。

本棚に隙間なく並んだ背表紙の上をするすると滑っていた視線の中に、本書の題名が飛び込んできました。

「つらいことから書いてみようか」

つらいことから?
思わず手を伸ばしていました。

近藤勝重という著者のお名前も、なんとなく聞いたことがあるような …
ティーンズ資料に分類されていましたが、迷うことなく貸出カウンターへ向かいました。

つらいことから書いてみようか [ 近藤 勝重 ]

文章はすべてを受け止めてくれます。

かつて学校の授業で書かされた作文。
あれは、苦手というより嫌いでした。
文章を書くこと自体は嫌いではないはずなのに、なぜあんなに嫌だったのか。

まぁ、今考えれば当たり前だと分かります。

授業で書く作文は後々評価されるから、
どう書けば「良い」のか、何を書けば「評価」に繋がるのか、
あれやこれやと余計なことを考えて、
書いていても楽しくないのです。

楽しくなくても書けるならまだいいですが、
そのうちなかなか文字を書き出すことができなくなって、
原稿用紙の白いマス目をにらみながら苦しむようになりました。

そんなことになる前に本書のような授業を受けていたら、
作文の課題もずいぶん楽しいものになっていたはず。

本書は、名コラムニストの著者が、小学5年生を対象に行った作文の授業をもとにまとめられています。
そこには、「文章は全部丸ごと受け止めてくれるから、とにかく書いて」という著者の切実な想いが込められています。

 僕はきょう、つらいことから書こうってみんなに呼びかけましたが、書けば自分の本当の気持ちに自分自身が気づいたり、問題点を見つけ出すきっかけにもなります。
 書いていくうちにどこか気持ちがやすらぎ、落ち着き、やさしい気持ちになれたりすると、それがきっかけでつらいことから抜け出せたりするかもしれません。いや書けばきっと抜け出せます。
 それは、あなた自身が変わっていくからなんです。文章を書けば間違いなく変わっていける。そういうためにも文章はあるんです。

p133

書けば気持ちがやすらぐ。
落ち着いてやさしい気持ちになれたりする。

その感覚に、日々助けられています。

「良い」「評価される」文章作成では苦手意識を募らせながらも、
私的な日記や手帳や読書記録etc.
様々な手段で書くことをやめなかった。
やめられなかった。
それは、
書けば自分が楽になることを、はっきりと意識せずともわかっていたからでしょう。

その恩恵にあずかりつつ、
でもなぜそんな感覚になるのか、
深く考えてみることがありませんでした。
ですが本著で、そのヒントに出会うことができました。
著者の言葉を借りるなら 「書けば一緒に頭も心も生き生きと働き出す」 からなのです。

書いているとき、頭は物事を筋道立てて理解しようとする一方で、
心は頭での理解をそのまま受け入れられるかどうかの判断しています。

頭で理解し、心で納得したうえで文章が綴られる。
それは、理性と感性のやり取り、頭の理解と心の感覚との駆け引き、
自分が自分を見つめ、本当の自分を探る作業。

文章を書いていると、思いもかけない方向へと筆が進むことがあります。
こんなことを考えていたのか、と自分で書いた文章に驚くこともあります。
そこに立ち現れるのは、自分の気づいていなかった自分、自分の中に隠れていた自分、 新たななにかとの出会いです。

本書には子どもたちの作品も多数紹介されています。
その先入観のない世界のとらえ方が、素晴らしいです。

大人の意見や考え方に左右されることなく、
見たまま、聞いたまま、考えたとおり、思ったとおり、
子どもが自分の心に素直に正直に書いた作文は、
生き生きとした感覚や鋭い視点に溢れ、
思いもかけず驚嘆させられます。

文章を書くことは、ほんとうはこんなにも楽しい。
文章は自分を丸ごと受け止め、頭も心も軽くしてくれる。

子どもたちの作品は、それを目の当たりにさせてくれるものでした。

文章を書くことは自分を見つめさせ、思考を深めてくれます。
新たなものとの出会いの場となり、自分を変化させてくれます。
そんな書くことを嫌いにならないために、
子どもから書く楽しさを奪わないために、
本書のような授業が行われていることを切に願っている自分が、ここにいます。

本書を読み終わってから、著者である近藤勝重さんが今年(2024年現在)お亡くなりになったことを知りました。
聞いたことがあるような…と思ったお名前は、昔よく聞いていたラジオでお馴染みだったお名前でした。
近藤さんのこの活動は、どこかで引き継がれているのでしょうか。
引き継がれていて欲しい、と強く思いながら、本を閉じました。

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