この人が出ている映画は観る、という俳優さんが何人かいますが、
トニー・レオンもその一人です。
すごくハンサムとか、スタイルがいいとかいうわけではありませんが(それともすごくハンサム?スタイルいい?)、
その雰囲気にやられています。
特にノアール系、モノトーンの映画がよく似合う。
今回も、2大スター共演のスパイ・ノアールということで、
公開初日の1回目の回で観てきました。
( 結末を暗示する内容が含まれています。これから鑑賞される方は、ご注意ください。)
作品情報
・製作年:2023年
・製作国:中国
・劇場公開日:2024年5月3日
・上映時間:131分
・監督・脚本・編集:チェン・アル
あらすじ
舞台は1940年代の中国、上海。
第二次世界大戦下、中国共産党、国民党、そして日本軍が入り乱れる混乱の時代です。
そこでは、お互いの素性が分からないスパイたちが諜報活動を繰り広げています。
それぞれの使命感、理想、愛、そして人生を賭けた活動は、
しかし時代の波に飲み込まれ、翻弄され、やがて歴史の闇に沈んでいく…
スパイ同士がしのぎを削る究極の心理戦。
信頼と裏切りの狭間。
名もなきスパイたちの所作に、引き込まれていきます。
主 演
何 主任[フー](梁朝偉[トニー・レオン])
中国国民党政治保衛部の主任。
常に冷静沈着、穏やかな面影で残忍な任務も遂行しますが、
長い間離れて暮らす愛する女性と再会した時、初めてその形相が崩れます。
演じるのはトニー・レオン。
香港出身の俳優、歌手です。
アジアで最も有名な国際派俳優の一人で、香港のTV局TVBで人気俳優(五虎)の一人として知られています。
長編作品わずか4作目であるチェン・アル監督の脚本にほれこみ、本作への出演を決められたそうです。
この役で、2023年第36回金鶏賞において最優秀主演男優賞を受賞されました。
叶 先生[イエ](王一博[ワン・イーボー])
フー(トニー・レオン)の部下。
同僚のワンとともに諜報活動に携わっています。
婚約者との関係に暗雲が立ち込め、同僚が不穏な動きを見せた時、行き場のない感情を爆発させます。
演じるのはワン・イーボー。
中国・河南省出身の俳優、歌手、ダンサー、ラッパー、バイク・レーサーです。
本作が映画初主演になります。
アーティスト活動で人気を博し、いま中国でもっとも注目を集める若手俳優の一人です。
信じるか、裏切るか
主要な登場人物はわずか9名。
そのうち2人は主役です。
それなのに、相関関係がわかりにくい。
当たり前です。
あっさりわかってしまったら、
名もなきスパイたちの命懸けの活動が薄っぺらいものになってしまいます。
詳しい背景描写もなく、戦況が変化し、諜報活動が続いていきます。
芸妓が華を添える座敷の宴席に集まる5人の男たち。
この中の、一体誰が味方で誰が敵なのか…
5年間共に暮らし、余生を共に過ごしたいと考えている女性。
彼女は味方のはずなのだが…
危険な諜報活動をともにしてきた同僚。
こいつはもしかしたら敵なのか…
信じるか、裏切るか。
誰を信じて、誰を裏切るのか。
何を信じて、どう振る舞えばいいのか…
誰がどこに所属して、
実際はどこのために動いているのかもわからない。
そんな最終局面まで明確にならない構成に、
観る側も翻弄されつつ、
目を離すことができません。
映像美に浸る
スパイ・ノアール
私が大好きなトニー・レオン主演のノアール作品といえば、『グランド・マスター』。
今回もその世界観に浸りたくて、公開を心待ちにしていました。
そんなわけなので、
予備知識なく劇場に足を運び、いきなり鑑賞した私には、
最後の最後まで登場人物の立ち位置がはっきりとはつかめないものでした。
時系列もバラバラで過去と現在を行き来する構成が、
物語をより複雑にしています。
最後まで観ると伏線が回収されているようなのですが、
物語の全体像を完全に理解できたかというと・・・正直心許ない。
それでも、
圧倒的な映像美。
現在では失われてしまった古き上海の幻想的な街並みが再現され、
その光と影の織りなすノスタルジックな世界を、
余すところなく堪能することができました。
俳優たちの抑えた演技。
それをくっきりと浮かび上がらせる陰影。
沸々と溜め込まれた苦悩と絶望が爆発した末の激闘。
そして、
衝撃と余韻を残すエンディング。
全体像を明晰に理解できずとも、
美しい作品世界に浸りきった私の感覚が、
満足しているのを感じました。
劇場から外に出ると、真っ青な空が目に飛び込んできました。
その明るい空に、まるで夢から覚めたような心地で目を向けました。
カラーの場面も、激しいシーンもあったのに、
記憶の底から浮かぶのはモノクロームな断片の数々。
全体を貫く静けさ、
陰翳、
哀愁、
虚無… 。
名もなきスパイたちが、理想の世界を夢見て暗躍した世界。
歴史の闇に沈んでいった魅力的な人物たちが生きて活躍していた世界。
現実にあった世界。
その世界にいっとき引き込まれ、
そうして現代に戻ってきたような不思議な感覚を味わいました。
いつまでも、何度でも、この美しい世界に身を浸したい。
そんな余韻に酔いながら、賑やかなカラーの世界に戻ってきた作品でした。